◆Magazine

SATSUMA BASE magazine

鹿児島の歴史・文化・いまの話題を、月に2度、LINE でお届けしています。
公式LINEを友だち追加すると、次号から届きます。

西郷博覧会、大賑わい

vol.0062026年11月2日

西郷博覧会、大賑わい

西郷隆盛ゆかりの地、鹿児島市で「西郷まちなか博覧会」が盛況です。来年迎える大きな節目に向け、街中が活気に包まれています。

鹿児島市内では「西郷まちなか博覧会」が開催されています。西郷隆盛ゆかりの場所を巡るツアーや、地元の美味しいグルメが楽しめるイベントです。訪れる人々は、鹿児島の歴史や文化に触れ、笑顔を見せていました。来年度は、西郷隆盛の生誕200年、そして没後150年という大きな節目を迎えます。この博覧会は、その準備として、街全体を盛り上げています。西郷さんの足跡をたどりながら、今の鹿児島の魅力を再発見できるような、そんな素敵な機会になっています。ぜひ、街歩きを楽しんでみてくださいね。

出典: KKB鹿児島放送(Yahoo!ニュース)

Photo: Andō Teru (1892-1945) / Public domain (Wikimedia Commons) Photo: Andō Teru (1892-1945) / Public domain (Wikimedia Commons) Photo: ja:User:Krypton(画像の作成者)、ja:安藤照(銅像の作成者) / Public domain (Wikimedia Commons)

詳しい記事を読む
龍郷町のショチョガマ

vol.0052026年10月15日

龍郷町のショチョガマ

鹿児島・龍郷町に伝わる「ショチョガマ」。国の重要無形民俗文化財に指定されています。今年も勇壮な祭りが執り行われました。

鹿児島県の奄美大島、龍郷町に古くから伝わる「ショチョガマ」。五穀豊穣や集落の繁栄を願う、伝統的なお祭りです。国の重要無形民俗文化財にも指定されています。集落の人々が力を合わせ、巨大な柱を立て、ワラで編んだ鳥居のようなものをくぐり抜ける。今年もその勇壮な姿を見せてくれました。古くから受け継がれる文化は、そこに暮らす人々の営みを映し出しているようです。

出典: Yahoo!ニュース

Photo: tsuda / CC BY-SA 2.0 (Wikimedia Commons)

詳しい記事を読む
猫が教えた時刻

vol.0042026年10月1日

猫が教えた時刻

戦場で時を知るために、猫の瞳が頼りになった時代がありました。

島津義弘公は、遠い国へ向かう際、七匹の猫を連れて行ったと伝えられています。戦場で時刻を知るためでした。猫の瞳は、時間の移り変わりで細くなったり、大きく丸くなったりと変化します。その瞳を見て、おおよその時刻を判断したと言われています。無事に帰国できた猫たちは、手厚く祀られました。鹿児島市には、その猫たちを祀る「猫神神社」があります。猫の健康や長寿を願う方が、今も多く訪れています。武将と猫の、少し不思議な絆を感じてみませんか。

参考: 仙巌園

Photo: Mizushimasea / CC BY-SA 4.0 (Wikimedia Commons)

詳しい記事を読む
焼酎のふるさと

vol.0032026年9月15日

焼酎のふるさと

鹿児島の食文化に欠かせない焼酎。その歴史をたどると、意外な場所へと行き着きます。

鹿児島に深く根ざした焼酎。その歴史は、今からおよそ500年前までさかのぼると言われています。日本で焼酎に関する最も古い記録が、実は鹿児島に残されているのです。それは、伊佐市にあるとある神社の木札に刻まれていました。大工たちが工事の際にふるまわれた焼酎について「とてもおいしい」と記した落書きです。当時の人々が焼酎を親しんでいたことがうかがえます。この木札は、日本の焼酎文化の始まりを伝える貴重な史料として、今も大切にされています。焼酎の故郷を訪ねて、その歴史に触れてみるのはいかがでしょうか。

参考: 郡山八幡神社

Photo: KASEI / CC BY-SA 4.0 (Wikimedia Commons) Photo: Akihabara at English Wikipedia / Public domain (Wikimedia Commons) Photo: https://publicdomainq.net/shochu-japanese-liquor-0014762/ / CC0 (Wikimedia Commons)

詳しい記事を読む
日の丸 発祥の地

vol.0022026年7月20日

日の丸 発祥の地

薩摩藩主島津斉彬は、1853年(嘉永6年)11月、幕府に大船・蒸気船建造申請を行った時、日本船の総印として白い帆に朱の日の丸を使用しました。さらに、「日の丸」を日本全体の船印にするよう進言しました。幕府もその必要性を認め、日の丸を日本全体の船印とする旨を1854年(安政元年)全国に布達しました。 1855年(安政2年)、薩摩藩が建造した昇平丸が江戸・品川に入港した時に、初めて我が国の船印として日の丸が揚げられました。 1870年(明治3年)1月27日、日の丸は日本の国旗として制定されました。

詳しい記事を読む